ヤカセメ村はおもににアチエ族の世界。加えてジュラ族のコミュニティーがあり、バウレ族のコミュニティー、クランゴのコミュニティーなど様々なグループが、入り混ざり成り立っている。
この村の住人に、イロームという一風変わった人がいる。一風どころか二風も三風も変わっている。
村のどんな人にも近づいて知り合いになる。はなしこむ。ところで、村人たちは自分たちの部族語をはなしして毎日を生きている。イロームはフランス語をはなす。村人はある程度はフランス語がわかるのだろうけれど、むつしい話になると、内容はわからないことだらけ。それでもイロームは話術に長けているので、付き合いが面白くて、まわりには人がいつも集まってくるのだろう。。
イロームは3年前までは都会アビジャンで公務員だった。大学で情報コミュニケーション芸術研究養成科の教授という長いカタガキのついた公務員だった。
けれど、都会アビジャンはもうこりごりだという。みなが時間に追われ、金を追っかける呪われた町なのだそうで、人間の住むところではない、と言う。余生は村に住むことにした。村は希望がある、可能性がある、人間性がまだ残っている。自分にできることで村に何か貢献したい。
さて、自分にできるのは、演劇を指導すること。人々が集まって、交流できる場を作ること。人生は劇場にほかならない。君もぜひ芝居をやれ、社会の中で役を演じられるアクターになれば、ものが見えてくる。。というようなことを毎日のように会う人ごとに語っている。
村人たちにとっては、そもそも演劇というものを知らないし、人生は劇場だと言われても、ちんぷんかんぷん。
まあ、でも都会で大学教授だった人なのだから、言うことに何か理はあるのだろう。それに奥さんは先進国から来た人だ。知り合いになったら何かおもしろそうだ、村ではそんなノリで人間関係がすぐできる。ところがイロームはもっと本気で、村とかかわりたい思い入れがあるらしい。
つれあいのサザンカも、これまた変わった人である。なんでまた、はるばるアフリカへ、しかもこんな村へ、と不思議なことだ。
いろいろ、サザンカに、話を聞かせてもらおう。まず、だいたいの人が聞きたいことから。
イロームと出会ったのは?
出会い
『むかしから全然変わらないわね。40年前にそう言っていた。日本に滞在中のイローム,アフリカに帰ったら何をするのと聞いたら
「劇場を作る。演劇を広める。例えば僕の母は文字を読み書きしないオラルの世界で生きている。アフリカってほとんどがそうなんだよ。人間社会が上手くまわっていくには、文字文化で息をしてない大部分の人々のための表現の場が必要だろ。劇場だ。」と。
当時このイロームの言ったことは、理解はできなかった。今だから言い表わせるけど、、、。演劇がそんなに大切? 真面目な人なのかしら? 半信半疑で聞いていた。
当時わたしは「アパルトヘイトを考える会。関西支部」というグループに入っていてね。あるときの集会でグループの人から、「コートジボアール人が京都にいる。」と紹介された。「俳優らしいよ。」
趣味じゃないけどなあ、と尻込みしたけれど、わたしは、アビジャンを再訪して、ここに住みつきたいと決めていたから、まあ、会ってみようかと思ったの。
約束の三条京阪駅、改札出口のロータリーは、タクシー乗り場で、大勢の人がフェンスに沿って列を作っていて、通り抜けられないほど混雑していた。すると、あちら側に背の高い男がニコニコと手を振って合図している。この人なのかな?と思った瞬間びっくりすることが起こった。
彼はフェンスをヒョイとまたいで、超えてしまったのだ。フェンスは普通の足の長さでは、またげないはず。
そして、みんなが驚いて見ている中、対角線上を大股で歩いてきて、わたしの前でニコニコ。
「ボンジュール!」
(いやー、やめてよね、目立つわ〜)
混雑を整理するためのフェンスなのに、公衆の規律を無視するなんてすごい発想!。当時のわたしはそう思ったことだわね。
そばの喫茶店でお茶を飲むことにした。二人ともたどたどしい英語でね。私が、コートジボアールに去年行ってとても気に入った。再訪して住みたいと言ったら、それはいいね、じゃフランス語を教ようか? 人懐っこい。俳優といっても気取ったところなんかなかった。
そんなことで、京都高野まで、フランス語を習いに通うことになった。とにかく楽しい人で、いつも何かに熱中していた。カメラぶら下げてあちこちを歩きまわり、自宅に暗室作ってネガを焼いていた。釜ヶ崎にも行ってそこで娼婦のおばさんや日雇いのおじさんたちと交流したとかで、どっさり写真を焼いていた。
さて、肝心のフランス語のレッスンはというと、のっけから、童話の本「野うさぎルーク」を身振り手振りで読んでくれた。何にもわからない。
でも、かたりが面白くとにかく楽しかった。ははん、やはりアクターなんだ。イロームのレッスンはノートもペンも机も文法もない。カメラぶら下げて散歩についていったり、骨董屋を覗きに行ったり、現像を手伝ったりして時間が過ぎた。もう夕方だから帰るというと、鴨川の土手を歩いて三条京阪駅まで送ってくれる。たくさん単語を知って次回はもっとおしゃべりできるようになりたい一心で、家に帰ると猛烈にフランス語の自学を始めた。次回はこんなことを言いたい。あれを聞きたい、と頭に浮かぶフレーズを日本語からフランス語に絞り出したくて辞書にかじりついた。
「野うさぎルーク」: L.SENGHOR & A.SADJI 著 MARCEL JEANJEAN 挿絵 アフリカの童話,センゴールはセネガルの詩人、作家、セネガルの初代大統領
ある日イロームが、今、映画のシナリオを書いている。近々撮影に入る。というので また、びっくり仰天。えーっつ? 映画を作るって?
(続く)
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